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ちょっとだけ、不思議な昆虫の世界

さりげなく撮った昆虫のデジカメ写真が、整理がつかないほど沢山あります。 その中から、ちょっとだけ不思議だなぁ~と思ったものを、順不同で紹介していきます。     従来のブログのように、毎日の日記風にはなっていませんので、お好きなカテゴリーから選んでご覧ください。 写真はクリックすると大きくなります。   

古くて新しい擬態 サティロス型擬態


このブログで何度も紹介してきたように、
昆虫類の体や翅の色や模様、さらにその姿かたちは、
 自然淘汰の結果、現在に至っていると考えられる。

しかし、「ちょっとだけ不思議な虫たち」の世界には、
微妙に意味不明で、しかもリアルな模様も知られている。

 
例えば、多くの虫たちの身体や翅の一部に、
人間や動物を連想させる模様がある場合や、
ODDTYと呼ばれる奇妙な形状の虫たちである。

 
左上: ウンモンスズメ 白岩森林公園・青森(20120721)
右上: コマバシロコブガ 矢立峠・秋田(20140605)
左下: ワモンキシタバ 木賊峠・山梨(20140819)
右下: アトジロシラホシヨトウ 矢立峠・秋田(20140605)


こんな虫たちの身体にある「模様」に関しては、
現代進化論では理解しにくい場合もあって、
比較的あいまいな解釈だけが、一人歩きして来たように思う。

 

 


 前置きが長くなってしまったが・・・

 

 

例えば上の4種の蛾に見られるような、動物を連想する模様について、
ある特別な擬態の概念で、統一的に説明する「衝撃的な本」が、
今年の春、日本でも翻訳・出版された。

 

 なぜ蝶は美しいのか 【新しい視点で解き明かす美しさの秘密】
 フィリップ・ハウス(2015年5月15日初版発行)

 原題: Seeing Butterflies   New Perspectives on Colour, Patterns & Mimicry
       Phillip Howse (2014)


上記の本の中で、博物学者(多分?)である著者は、
鳥類の視覚認知の方法は人間とは異なる という知見から、
多くの虫たちが持っている不思議な模様の存在理由を、
「サティロス型擬態」という 古くて新しい擬態の概念で、
統一的に説明している【注1】

  
 ⇒この大型の本を、最初に手にとったとき、
  見慣れた美しい虫たちの写真が目に入って、
  一般向けの写真集のような印象だった。

  しかし、いざ本文を読んでみると、内容は専門的で、
  なかなか読み応えのある本であることが分かった。

 

著者ハウス氏は、豊富な写真と詳細な観察結果に基いて、
多くの虫たちに見られる「奇妙な模様」の機能を、
実例(写真)を挙げながら、次々と解き明かしていく。


例えば、チョウや蛾の翅の一部には、
鳥類の天敵である猛禽類の頭、くちばし、羽毛、
あるいは、羽や尾の輪郭などの模様がある。

これらの模様は、餌(虫たち)を探す野鳥類の注意を、
ほんの一瞬そらすことができるので、
逃げるための貴重な時間を稼ぐことができるのだ。

 

 

著者は、このような蝶や蛾の翅に見られる様々な模様が、
特定の対象に似せて作ったアイコンのようなものであるとした。

そして、多くの虫たちが、アイコン的な模様を持ち、
それを見る捕食者に、両義的な印象を与える場合を、
ギリシャ神話の人間にも山羊にも見えるサティロスにちなんで、
サティロス型擬態と名付けたのだ【注2】


しかも、その模様は対象の完全に似せる必要はなく、
別の生物の存在を示唆するのに十分な特徴さえあれば、
例えば、目玉の模様だけでこと足りるのである。

 

 


本文では、沢山のサティロス型擬態の例が挙げられている。

(一部を和訳原文のまま記載すると)、
多くの昆虫類に見られる動物の模様には、
クモ、動物の頭や目、毒ガエル、コウモリ、タカの羽、毒ヤスデなど、
人間に恐怖を覚えさせるものが沢山ある。

こんな模様があるのを、(昆虫分類学者以外の)人たちが、
どうして気付かなかったのか?・・・と著者は言う。

 

実は、その明確な回答が、ハウス氏には用意されていたのだ。


一般的に、人間の視覚認知の方法は、
まず見た目の全体像から対象を判断する。

一方、鳥の場合は、全体像よりも、
それぞれの部分部分を過去の記憶と一致させて、
対象を判断する傾向が強いことが分かってきたのだ。


 ⇒人間は、虫を見つけても、まず姿かたちを見て、
  それが蝶なのか、蛾なのかを判断するので、
  個々の模様に目を向ける必要がなかった。

  しかし、鳥の場合は、見つけた虫について、
  餌としての危険度を、一瞬で判定する必要があり、
  まず個々の模様に、素早く目が行ってしまうのだ。


ハウス氏は、この人間と鳥の視覚認知に必要とされる時間について、
次のように比較・例示している。

詳細は、本を見てもらうとして、
人間の場合には、視覚に入ったものに気付いてから、
様々なプロセスを経て、最終的に対象を判断するまでに、
最低でも約1秒ほどの時間が必要なのだが、
鳥の場合には、その半分の時間で素早く確認できる。

このような鳥たちの視覚認知方式では、
彼らが、必死に食べ物を探しているとき、
蛾の翅にあるネコの顔のような模様や、
フクロウの目のような眼状紋を、まず注視するのだ。

もちろん、小動物を餌とするネコやフクロウは、
多くの野鳥類にとって、怖い怖い天敵であり、
虫たちの身体にそんな模様を見つけた鳥たちは、
ほんの一瞬だけ、捕獲行動を躊躇するのだ。


この一瞬の躊躇を引き起こすような翅の模様こそが、
新しい概念の『サティロス型擬態』であり、
捕食者の捕獲行動の何割か(全てではない!)を、
失敗に終わらせてしまう機能を持つ。


 ⇒捕食者を騙して、攻撃を躊躇させるような戦略は、
  生存上の有利さが、ごく僅かしかないかもしれない。

  しかし、ちょっとでも生存の機会が増えれば、
  自然淘汰は十分に働き、集団内に広まっていくのだ。

 


という訳で、虫たちに見られる一見奇妙な模様は、
多くの鳥たちに対して、捕食者を連想させるという、
(実は、従来の考え方と全く同じなのだが!)
効力を持つからこそ、自然淘汰で進化してきたのだ。


ただ、著書によれば、(多分必然的に!!)
例示した目玉模様や動物の顔以外にも、
シジミチョウの尾状突起やヒョウモンチョウの豹紋、
 金属光沢やODDITY、さらには警戒色も、
みんなサティロス型擬態の範疇に入ってしまう。

 虫たちの身体にある野鳥類を驚かせるような模様であれば、
最後の砦(?)である標識的擬態までもが、
サティロス型擬態の概念で、説明出来てしまう可能性もあるのだ。

だから、個人的には「範囲を広げ過ぎだのかな?」とも感じる【注3】


 ⇒本文の中で例示された写真の中には、
  サティロス型擬態を持ち出さなくても、
  おそらくこれまでの理論枠の中で、
  十分説明可能なものをあるからだ。



とは言え、鳥と人間との視覚認知の違いは確実にありそうだし、
我々には理解不能だった蝶や蛾の翅の模様に関しては、
サテュロス型擬態の概念で十分納得できるものである。

しかも、現時点で、それ以外に代替説明のない多くの翅の模様を、
ひとまとめに説明できることが、十分に魅力的な考え方だと思う。

もちろん、サティロス型擬態は、まだ仮説の段階だし、
おそらく専門学会での評価もこれからだとは思うが・・・

 

 


以上で、この本の簡単な紹介は終わるのだが、
最後にもうひとつだけ、個人的な感想を、
この記事の中に書いておきたい。


実は、ハウス氏のこの著書を読んで、一番衝撃を受けたのは、
サティロス型擬態そのものの概念ではない。

その裏付けとなった「鳥類の視覚認知システム」が、
人間の場合とは異なるという点だ。



今まではこのブログで、特に探索行動中の野鳥類は、
もともとかなり臆病だとか、
両目の位置から遠近感が分かりにくいとか、

餌探索にはサーチング・イメージが重要だとか、
初見の奇妙なものは食べないとか、
色々な理由を付けて、虫たちの模様の機能について考察してきた。


ところが今回、鳥類の視覚認知システムが違うという一言で、
これまでの全て(?)の疑問点が、一気に解決してしまったのだ。



確かに、親鳥が巣の中のヒナに餌を与える目印が黄色い嘴とか、
孵化後に最初に見る動くものを親鳥と認識する刷り込み現象とか、
鳥類に見られる独特の視覚認知法は、有名な話ではあった。

しかし、一般論として、餌の探索まで含めたそのような話(?)は、
私自身はこれまで聞いたことがなかった。

  ⇒もちろん、私が知らなかっただけで、鳥類学者の間では、
  ずっと昔から知られていたことなのかもしれないが・・・

 


このサティロス型擬態については、別の機会に、
改めて実例を挙げながら紹介したいと思う。

 

 


【注1】本文では、明確な時期は明記されていなかったと思うが、
       実は、サティロス型擬態という概念・用語は、
    半世紀も前に、同じ著者らによって提出されていたようで、
    最後の原注の欄に、以下の論文が記載されている。

    Howse, P.E. & J.A.Allen (1963) Proc.R.Soc.Lond.B, 257,111-114
       Satyric mimicry: the evolution of apparent imperfection.

    だからこのブログのタイトルも、古くて新しい~~、としたのだ。

    私自身が確認することはできないのだが、最近の知見で、
    鳥類の視覚認識システムが人間とは違うという裏付けがあって、
    この擬態の概念が、再評価されつつあるのだと思う。

 

【注2】ネット情報によると、ギリシャ神話のサティロスは、
    身体の大部分は人間であるが、
    馬の尾、とがった耳、小さな角(ツノ)、
    山羊の足、巨大な陽物を持つとされる。
   
    著者は、
    昆虫の翅に他の生き物の部位が、
    移し入れられているものは、一種の擬態と見ることができ、
    それをわたしは「サティロス型擬態」と名付けました
    と明確に述べている。

    ただ、これは個人的な感想であるのだが、
    チョウや蛾の翅の一部にある(アイコン的な?)模様に、
    擬態という用語を使うのは、多少の違和感がある。

    目立たせる擬態(Mimicry)の範疇なのだろうが・・・

 

【注3】著者ハウス氏自身は、以下のように明確に述べている。

    食物連鎖における捕食・被食関係を、
    連続したスペクトルにたとえるとすれば、
    その全ての帯域に対応する擬態を考える上で、
    サティロス型擬態と言う概念は役立ちます。
    (以上、和訳原文のまま)

    う~ん、範囲を広げ過ぎたというより、
    擬態そのものの定義も再考すべきなのか・・・

 




 追記(20015年10月1日)

サティロス型擬態の具体的なイメージ・写真を、
数回に分けて、記事にしました。


以下のページから、順にご覧ください。

【サティロス型擬態① ヨナグニサン】
 ↓   ↓   ↓
 http://kamemusi.no-mania.com/Date/20151001/1/

   

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