カメムシの匂いの不思議【02-05】アリに対する防御効果
(このページは前回の続きです)
前項で、カメムシの放出する臭気成分は、
アリ以外の捕食者に対して、
防御効果はほとんど認められないことが分かった。
しかし、別の言い方をすれは、アリに対して防御効果があれば、
実は、それだけで十分なのである。
アリは地上で最も攻撃的で、しかも個体数の多い捕食者といわれており、
その生息範囲に生活する小動物が、
何らかの形でアリに対する防御手段をもつことは、
その個体の生存の上で、必要不可欠であると思われる。
もう少し詳しく、カメムシとアリとの関係を考えてみる。
多くのカメムシ類は、特に捕食者が近くにいる場合には、
臭気成分を狙い打ちできる機能(前項)を備えている。
その正確さ(命中率)に関しては、以下のように数値化することができる。
カメムシを濾紙上で静止させた後、ピンセットで,
6脚のうちいずれかの1脚のふ節を軽く挟んで臭気成分を放出させると、
ピンセットの先端部が臭気成分の直撃によって濡れるのが観察される。
このような場合を命中(=放出成功)とすると、
テストした10種のカメムシにおいて、
臭気成分放出の命中率は、どの場合でも95%以上になった。
またこの実験では、カメムシ類の臭気成分は、
物理的な刺激があった場合にのみ放出され、
外敵の接近を察知しただけでは決して放出されないことも明らかになった。
このように、カメムシ類が狙い打ち可能な放出器官を持っているという事実は、
臭気成分の接触毒としての効果を裏付けるものであり、
臭気成分放出行動は、主として対アリ対策用に進化してきたことは明らかである。
また、前述のように、アリに対して防御効果をもつのは、
臭気成分(液体)が体表を直撃したときのみである。
決して、アリはカメムシの匂いを忌避しているのではない。
そのことを確かめてみる。
アリの巣の入り口付近に実験的に置かれたカメムシは、
攻撃してくる数匹のアリに対して臭気成分を放出して防御行動を行うが、
すぐその場から逃げ出さないかぎり、
次々と襲ってくる別のアリによって最終的に殺されてしまう。
臭気成分の直撃を体表に受けなかったアリは、
周辺にただようアルデヒド類の臭気を避けることはないのである。
このことをさらに確認するため、カメムシの臭気成分の有機溶媒抽出物、
あるいはその主成分である(E)-2-hexenalを、ハマキ類の幼虫の体表に塗布し、
トビイロケアリの巣の入口付近に置いてみると、
処理をしていない幼虫と全く変わりなく、簡単に巣の中に運び込まれてしまう。
アルデヒド類は体表を直撃したときは接触毒として有効であるが、
その臭いだけではアリに対しても忌避効果がないのである。
また、カメムシの臭気成分がアリに対して防御効果がなければ、
後述するアリ以外の捕食者に襲われた時の警報フェロモン効果によって、
特に幼虫が地上に落下するのは危険である。
アリに対する完璧な防御手段を持っているからこそ、
アリ以外の捕食者に攻撃されたときに、
近くにいる同種の他個体は地面に落下することができるのである。
次回は、アリ以外の捕食者に対する防御効果を検討する。