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ちょっとだけ、不思議な昆虫の世界

さりげなく撮った昆虫のデジカメ写真が、整理がつかないほど沢山あります。 その中から、ちょっとだけ不思議だなぁ~と思ったものを、順不同で紹介していきます。     従来のブログのように、毎日の日記風にはなっていませんので、お好きなカテゴリーから選んでご覧ください。 写真はクリックすると大きくなります。   

ついに撮れた ムラサキシャチホコ

もう10年以上も前から、いつも頭の片隅にあって、
撮りたい!、撮りたい!! 
と、思い続けていた不思議な蛾がいる。

それが、幸運にも、全く予期しない状況で、
さりげなく撮ることができたのだ。

 

(ちょっとだけ前置きが長くなるが・・・)

 

国道7号線の秋田と青森の県境にある矢立峠の道の駅は、
旅行の前後には、必ず寄ってみるお気に入りの場所だ。

駐車場のトイレがある建物には、特に朝早ければ、
前夜に明るい電灯に集まった虫たちが帰りそびれて、沢山残っている。

だから、なんの苦労もせずに、珍しい虫たちを、
いとも簡単に撮ることができるのだ。


ただ今回は、状況がちょっとだけ違って、
旅行予定がなかったのに、朝起きたときに、
ふと思い立って道の駅まで出かけてみた。

しかし道路は、通勤ラッシュで7号線も大混雑。
さりげなく高速に1区間だけ乗って、
朝8時ごろに、誰もいない道の駅に到着した。

青森県側は、あいにくの小雨模様だったが、
峠が近づくにつれて、空が明るくなって、
雨はすっかり止んでいた。


そして、憧れのムラサキシャチホコは、
他の沢山の蛾たちと一緒に、トイレの建物のガラスに、
さりげなく止まっていたのだ。

 


ムラサキシャチホコ(シャチホコガ科)

2013年6月21日 矢立峠・秋田

 

ん!!


これが、アコガレの蛾なのかい!?!?

 

失礼しました。

 

このように、真上から撮ると、
ムラサキシャチホコは、普通のどこにでもいる蛾なのだ。

 


しかし、ななめ横から撮ると・・・

 

 

ムラサキシャチホコ(シャチホコガ科)

2013年6月21日 矢立峠・秋田

これが、国内で最もやりすぎ感のある「枯れ葉に擬態した蛾」だ。

こんな写真を初めて見た人は、
ムラサキシャチホコの翅が、
「まるで枯れ葉のように、うまく巻いてるな」
と錯覚するかもしれない。

 

しかし、不思議なのは、ここからだ。

 

実際には、この子の翅そのものが、
枯れ葉のように巻いてるわけではないのだ。

驚くべきことに、平坦な翅にある鱗粉の色と濃淡で、
見事に「枯れ葉の模様」を、立体的に描いているのだ。


葉脈まである枯れ葉が、上下に、ごく自然にカールしており、
しかも、影になった部分の微妙な「ぼかしと濃淡」は、
ほぼ完璧な出来栄えと言っても過言ではない。


そうやったら、こんなに上手に描けるんだ!!!

ベテランの画家でも描くのが難しそうなのに・・・・

 

 

 

ムラサキシャチホコ(シャチホコガ科)

2013年6月21日 矢立峠・秋田

もちろん、反対側も同じような模様だ。

明らかに、ななめ上方からの捕食者(多分鳥類)を意識(?)して、
自分の翅に、枯れ葉の模様を描き出したのだ。

このような模様の出来上がる過程(進化)は、
鳥類の捕食圧(自然淘汰)だけで、本当に説明できるのだろうか?

(⇒出来るとは思うが、明らかにミラクルの部分もありそうである)

 

 

 

ムラサキシャチホコ(シャチホコガ科)

2013年6月21日 矢立峠・秋田

以前紹介したように、枯れ葉に似せた蛾の擬態は、
マエグロツヅリガというミラクル擬態が思い浮かぶ。
しかし、実際に翅の端を丸めて枯れ葉になっているマエグロツヅリガとは、
ムラサキシャチホコは、明らかに次元が違う擬態なのだ。
↓  ↓  ↓
マエグロツヅリガ 保護色から隠蔽的擬態へ

http://kamemusi.no-mania.com/Date/20120729/1/


いずれの場合も、「どっちが有利か?」とか、
「勝っているか?」とかは、全く無関係に、
進化の最終段階にまで来てるような印象を受ける。

しかし、立体的に見せているムラサキシャチホコの「芸術作品」も、
マエグロツヅリガにはない、大きな欠点がある。

 

それが、最初に示した写真である。

 

もう少し拡大してみると・・・・

 

 

ムラサキシャチホコ(シャチホコガ科)

2013年6月21日 矢立峠・秋田

平面に立体的に描いた「芸術作品」も、
この角度から見ると、ただの蛾にしか見えないのだ。

ここまで完璧な隠蔽的擬態ができたのに、
真上から一直線に飛んで来る鳥には、
その「芸術作品」を全く見せることができないのだ。

そんな捕獲行動をする鳥なんて、実際にいるのかどうかは別にして、
これは、平面に描く立体画の宿命的な欠点であることは間違いない。

おそらく、この欠点をカバーするためにも(?)、
ななめ上からの捕食者の視線に対しては、
パーフェクトな立体画でなければならなかったのだろう。

 

すでに、この擬態の進化は、現代進化論で説明がつくと書いた。

でも、本当は、神様の「いたずら」だったのか? 
と、ふと思ってしまうほどの出来栄えの「芸術作品」なのだ。




 

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