擬態の不思議【1】 用語の混乱
昆虫類が何らかの手段によって、
外敵をだまして身を守るという仕組みについては、
古くから多くの研究者や昆虫マニアの興味の対象となってきた。
特に、自分自身の体の色や形を、他の何かに似せて、
外敵を視覚的にあざむくという例は多く、
一般には「擬態」とか「保護色」とか言われている。
しかし、子供向けの写真集や、インターネット上でも、
これらの用語の使用に関して、昔ほどではないが、
多少の混乱・誤用が見られる。
最初の混乱が、この「擬態」という言葉そのものだと思う。《注1》
さりげなく複雑な「擬態」という現象を、詳細に定義するのは、
騙される方(信号受信者)から見るのが一般的である。
とりあえず、体色に関しては、
外敵から、目立たなくさせるような【保護色】と
良く目立つようにする【警戒色】と、
目的によって、明確に区別されている。《注2》
しかし、擬態に関しては、不思議なことに、
目的による用語の区別は、一般的ではない。
つまり、日本語で単に【擬態】という場合には、
目立たなくさせるような【隠蔽的擬態 Mimesis】と、
よく目立つようにさせる【標識的擬態 Mimicry】と、
相反するふたつの概念を含んでしまう。
これでは、以前紹介したような、
枯れ葉に見えるアカエグリバも、
まるでハチのようなカノコガも、
英語では、一つの単語で、【Mimesis】と【Mimicry】と、
明確に区別されるにもかかわらず、
日本語では両方とも【擬態】と呼ばれてしまう。
われわれは、まず最初に、
体の色や形で「視覚的に欺くこと」に関して、
目立たないように欺くのか、
目立つように欺くのか、
これらの相反する二つの状況を、
明確に区別して使用しなければならない。
ということで、これで「すべて解決した」と言いたいところだが、
さすが不思議な昆虫の世界である!
そう簡単にはいかないのだ。
もうひとつ、よく見かける混乱がある。
亜熱帯に住むハナカマキリやカレハカマキリのような捕食者は、
周囲の植物(花弁や枯れ葉)に似せることにより、
気付かずに近づいてくる獲物を、
簡単に捕獲することができると言われている。
この場合を攻撃擬態と呼び、隠蔽擬態と対比させることもある。《注3》
しかし、これは誤解を招きやすく、間違いであると思う。
【隠蔽的擬態】に対比する用語は、上記に述べたように、
目立たせるような【標識的擬態】であるはずである。
最近ペットショップなどでも販売されるようになった
ピンク色のハナカマキリは、
当然ピンク色のランの花に静止しているときには、
目立つことはない【隠蔽的擬態 Mimesis】そのものなのである。
この状況で、たまたま本物の花を蜜を吸うために訪れた獲物を捕えても、
それは攻撃擬態の範疇には入らない。
攻撃擬態【ベッカム型擬態】とは、海底にいるアンコウが、
自分の鼻先に、虫のようなものをユラユラさせて、
餌と思って近づいてくる小魚を捕える場合など、
積極的に獲物を欺いて近寄らせて、捕獲する場合を言う。
しかし、もし仮に、ハナカマキリが、
緑色の葉っぱや枝に、花びらのように静止していて、
蝶や蛾が花の蜜を吸うために、近づいてくるような状況があれば、
それは、攻撃擬態の範疇に入れることができる。
南アフリカにいるハナカマキリの一種(Idolum diabolicum)は、
花に似ているが、彼らは花に止まって身を隠すことはない。
中・後肢のみで、木の枝に止まって、前肢の内側の模様は、
まるで花であり、中心部に向かってネクターガイドさえもある。
そして、実際に蜜を吸うために、
多くの虫(チョウやハエなど)がカマキリの花の近くに、
獲物として集まってくるのだ。
これならば、攻撃的擬態(=ベッカム型擬態)の典型である。
まさに、ハナカマキリによるこの現象が、
擬態に関する用語の混乱を、
如実に物語っているのかもしれない。
《注1》多分、よく調べれば分かることであるが、
日本で一番最初に擬態という言葉を使用した人は、
英語のMimicryを和訳した可能性が高い。
《注2》そうは言っても、どちらともとれる、
ややこしいのがいることはいるが・・・
警戒色の典型である赤と黒の縞模様のアカスジカメムシは、
緑色の葉っぱに止まっていれば、当然よく目立つ。
しかし、晩秋にセリ科植物の種子上でもよく見かけるが、
このときには、この縞模様はほとんど目立たない。
《注3》Wikipediaの「擬態」の項目をみると、以下のように、
擬態を二分している。
Wikipedia(2011.01.15)より引用:
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擬態は目的によって隠蔽擬態(いんぺいぎたい)、
攻撃擬態(こうげきぎたい)、の2つに分けられる。
ただし隠蔽擬態と攻撃擬態については両方を兼ねる生物もおり、
明確な線引きは難しい。
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(つづく)