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ちょっとだけ、不思議な昆虫の世界

さりげなく撮った昆虫のデジカメ写真が、整理がつかないほど沢山あります。 その中から、ちょっとだけ不思議だなぁ~と思ったものを、順不同で紹介していきます。     従来のブログのように、毎日の日記風にはなっていませんので、お好きなカテゴリーから選んでご覧ください。 写真はクリックすると大きくなります。   

擬態の不思議【3】 隠蔽的擬態

(前項【2】を先にお読みください)

コノハチョウ、ナナフシ、コノハムシ等にみられるように、
自分が他の動物から捕食される可能性がある動物は、
周囲の植物や地面の模様にそっくりな姿をすることで、
攻撃者から発見されにくくすることができる。

このような場合は、【2】で述べた標識的擬態に対して、
目立たなくするための【隠蔽的擬態 Mimesis】と呼ばれる。

しかし、【1】の用語の混乱のところで検討したように、
隠蔽的擬態という用語は、あまり一般的ではないのかもしれない。

一方で、不思議なことに、日本語で単に「擬態」というと、
目立たせるタイプのカバマダラに似せたアゲハチョウや、
ハチに似せたセスジスカシバよりも、
木の葉や枝に似せ、目立たなくするコノハチョウや、
ナナフシの方を思い浮かべる人が、多いのではないだろうか。


ここでは、手持ちの写真の中から一枚だけ、
隠蔽的擬態の見事な例を紹介する。

 
2010年10月8日 ハイイロセダカモクメ だんぶり池 

当然のことであるが、隠蔽的擬態に関しても、
外見が背景によく似ることは必須であるが、
擬態者の行動も重要な意味を持っている。

写真でお分かりのように、ヨモギの花穂に平行になるように静止して、
ようやく【隠蔽的擬態 Mimesis】が機能するのだと思う。

つまり、上のハイイロセダカモクメの幼虫が、
どれだけヨモギの花穂に似ていても、
下の写真のように、葉っぱの上に静止していたのでは、
あまり効果的ではない。

 
2010年10月8日 ハイイロセダカモクメ だんぶり池 

しかし、ここまで過剰な擬態をしなくても、良さそうな気がする。

コノハムシやカレハカマキリも全く同様であるが、
「何でそこまで似せなければならないの?」と思う。

ハイイロセダカモクメのやりすぎ(?)とも思える擬態は、
単純に、突然変異と自然淘汰という図式からは、
ちょっと違った説明が必要な気がする。

実際、全く同じ場所には、下の写真のような、
かなり不完全な擬態をする別種の蛾の幼虫が見つかる。

 
2010年10月14日 種名不詳の蛾の幼虫 だんぶり池 


さらに、近縁種には、よく目立つ蛾の幼虫(毛虫)もいる。

 
2010年10月14日 種名不詳の蛾の幼虫 だんぶり池 

いずれにしても、ハイイロセダカモクメ以外の
すべての幼虫が鳥に喰われてしまうことはないはずである。

このような状況の中では、擬態の効果を確認するには、
やはり統計学的な解析が不可欠であり、
ハイイロセダカモクメ幼虫が、ヨモギの花穂上で、どのような生存率であるのか、
あるいは、同時に発見されるその他の蛾の幼虫はどうなのかを、
詳細に検討しなければならないと思う。《注6

隠蔽的擬態に関しては、あまりにも似すぎているために、
我々は早とちりをして、安易な判断がなされている場合も多い。

本当にそれが擬態として作用しているのかどうかには、
しっかりした観察に基づく慎重な論議が必要であると思う。

一つの例を示そう。

鳥の糞に擬態するクモや昆虫を良く見かける。
これが、【隠蔽的擬態 Mimesis】なのか【標識的擬態 Mimicry】なのか、
議論の分かれるところである。

鳥の糞に似た外見は、それに興味を示す動物はごく稀であり、
普通は【隠蔽的擬態 Mimesis】であるとされている。《注7

これに対し、ハエトリグモの仲間で鳥の糞に似せた場合には、
【標識的擬態 Mimicry】の中の攻撃型擬態と考えられる場合もある。

ある種のチョウやハエは、鳥の糞の汁を吸うために、
糞を目当てに近寄ってくることがあり、
クモが鳥の糞に似た外見を持つことによって、
そのような習性を持つ昆虫をおびきよせて捕まえている、
と考えられたのである。

しかしながら、これは有名な話であるが、
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このクモは、昔は、糞だと判断してよってきた昆虫を食べる、
攻撃的擬態であるとみなされていた。
しかし、現在では、このクモは夜間に網を張って獲物を捕えることわかった。
それでも糞に擬態している可能性は残るわけだが、
実はこのクモは、多くの場合葉の裏側に止まるのである。
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さらに言えば、
木の葉に似た昆虫の化石が見つかった時期(ジュラ紀後期)には、
まだ広葉樹は出現していないとのしてきもあり、
擬態者がモデルよりも新しいとは限らない。
 
広葉樹の葉がモデルで、コノハチョウが擬態者であることは、
間違いないと思うが、これもちょっとだけ不思議である。


以上のように、残念ながら日本では、用語の混乱も含めて、
擬態は、博物学の範囲で語られることが多かった。

しかし最近になって、ようやく擬態を、
生物学の問題として扱う人も増えてきて、
擬態の起源、擬態の効果、進化のしくみ、視覚信号の意味等、
生物進化を知る上で、貴重な実験材料の一つになりつつあるように思う。

 

注6》イギリスの工業黒化したオオシモフリエダシャクを用いた
    ケトウェルの実験が有名である。


注7》鳥のフンに似た昆虫の写真は、日を改めて掲載する予定である。
 

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