隠蔽的擬態の虫は、本当にいるのか???
擬態シリーズ、第3回目は、衝撃のタイトルだが、
内容はそうでもないことが予想される?!
みんなが知っているのに、ちょっとだけ不思議で、
良く分からないことが多いのが擬態だ。
擬態の本を書いたW.ヴィックラーでさえ、
その本の中で、様々な状況で生活する虫たちを見ると、
擬態を正確に定義することは難しいと述べている。
だから、似せる対象【モデル】と、擬態者【信号発信者】と、
だまされる者【信号受信者】を、全て特定してからでないと、
正確に「擬態」を考察することはできないという意見もあるほどだ。
さて、【保護色】と【隠蔽的擬態】という語は、
小・中学生向けの本などでも普通に使用されるほどに、
専門用語では、なくなっているようだ。
両方とも、自分の姿を背景に溶け込ませて、
外敵から身を守るという、共通の作用がある。
しかし、この二つの概念は、ちょっとだけ機能が異なっており、
あまり知られていないが、かなり重要な問題なのである。
ここで、もう一度、保護色と隠蔽的擬態の関係を整理しよう。
虫たちの中には、自分の体の色や模様を、
普段いる背景に似せて、外敵から身を守る種類がいて、
その体色は一般的に「保護色」と呼ばれる。
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虫たちの防御戦略③ Ⅱ(2) 保護色と分断色
http://kamemusi.no-mania.com/Date/20130205/1/
保護色の例
左: ニイニイゼミ 小泉潟公園・秋田(20120807)
右: ヤマトマダラバッタ 中泊町・青森(20130715)
例えば、ニイニイゼミの翅の模様は、樹皮にそっくりだし、
ヤマトマダラバッタの体の模様は、砂粒そのものである。
だから、彼らが背景を正しく選んで静止していると、
視覚で獲物を探す捕食者は、おそらく見つけることができないだろう。
背景選択が正しく行われた場合の実際の防御効果は、
昔から多くの研究者によって、実験・観察されて、
ある程度の有効性が確認されている。
また、有名な工業暗化の好例もあって、保護色は、
視覚で獲物を探す捕食に対して、有効に機能しているのだろう。
一方、保護色を持った虫たちの中には、
色や模様だけでなく、姿かたちまで似せている種類もおり、
それらは一般的に「隠蔽的擬態」と呼ばれる。
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虫たちの防御戦略④ Ⅱ(3). 隠蔽的擬態
http://kamemusi.no-mania.com/Date/20130207/1/
隠蔽的擬態の例
左: ムラサキシャチホコ 宮古市・岩手(20130814)
右: マエグロツヅリガ 白岩森林公園・青森(20120721)
例えば、ムラサキシャチホコやマエグロツヅリガは、
枯れ葉にそっくりで、視覚で獲物を探す捕食者は、
彼らが正しく背景を選んで静止していれば、
おそらく、見つけることができないだろう。
でも、私が写真に撮った隠蔽的擬態の虫たちは、
ほとんどが背景選択を間違えているので、
逆に、良く目立っているものばかりである。
上の写真のように、背景選択を間違った場合には、
おそらく、簡単に捕食者に見つかってしまうだろう。
しかし、ほとんどの捕食者は、チラッと見るだけで、
「これは食べ物ではない」と、無視して通り過ぎるので、
食べられてしまうことはないだろう。
それに対して、保護色だけの虫たちの場合は、悲惨である。
虫たち特有の左右対称の輪郭が、くっきりと浮かび上がって、
捕食者に簡単に見つかって、食べられてしまうだろう。
この現象が、保護色と隠蔽的擬態の違いなのだ。
冒頭で、「ちょっとだけ機能が異なっている」と書いたが、
この違いは、ちょっとだけではないのかもしれない。
・・・・・
ところで、予想外に多くの虫たちは、
食べ物ではないものに似せることによって、
捕食者の視覚を欺いて、身を守ろうとする。
非食物擬態の例
左: アカガネサルハムシ だんぶり池・青森(20110524)
右: トリノフンダマシ 金山町・秋田(20120806)
キンキラキンの金属光沢の虫たちは、その名のとおり自分は金属で、
食べ物(生き物)ではないことを、訴えているのだ。
また、鳥の糞に擬態する場合も、ほとんどの捕食者は、
鳥の糞を食べることはないので、見つけても無視するだろう。
このような擬態は、よく目立つので、隠蔽的擬態でもないし、
もちろん、怖いモデルがいるベイツ型擬態でもない。
実は、このような擬態を定義する用語は、今のところないのだ。
だから、このブログでは、仮に「非食物擬態」と呼んだ。
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虫たちの防御戦略⑦ Ⅱ(6). 非食物擬態(仮称) 金属光沢と糞擬態
http://kamemusi.no-mania.com/Date/20130213/1/
まさに、枯れ葉や枯れ枝に擬態する虫たちも、
全く同じ非食物擬態のジャンルに入ると思う。
彼らは、葉っぱの上では良く目立ってしまうが、
ほとんどの捕食者は、枯れ葉や枯れ枝を食べないからだ。
普通に考えると、枯れ葉に似せた虫たちは、
自らが静止する場所として、枯れ葉の多い環境を選ぶはずである。
もし仮りに万が一、ムラサキシャチホコが、
枯れ葉の多い地面に、静止していたとしよう。
この場合は、視覚的に獲物を探す鳥などの捕食者からは、
攻撃されることは、ほとんどない。
逆に、枯れ葉の多い地面には、
ネズミ、カナヘビ、カエル、ムカデ、オサムシや、
怖い怖いアリ類など、様々な捕食者がいる。
だから、捕食者の餌の探し方も様々だ。
例えば、匂いで獲物を探したり、動くものを素早く捕獲したり、
たまたま餌に遭遇したときに、獲物を捕獲するタイプが多い。
地上にいる多くの捕食者は、
野鳥類のように、獲物の体を、ある程度の距離を置いて、
全体的に見ながら(まさに鳥瞰!!)探すことはしない。
だから、枯れ葉に精密に擬態する意味が、基本的にないのだ。
ということは、冷静に考え直してみると、
『ムラサキシャチホコは、静止する場所を、
決して間違っているわけではない』のだ。
もしかしたら、彼らは全て分かった上で、
わざと間違えているかもしれないのだ。
きっと、『ムラサキシャチホコは、良く目立つように、
正しく緑色の葉っぱの上に、静止している』のだ。
ここで、一つ重要な問題点が、さりげなく浮かび上がってくる。
隠蔽的擬態って、本当に存在するのだろうか?
背景選択を間違えて静止している場合には、
捕食者にとって、逆に良く目立つ存在になるので、
明らかに、隠蔽的擬態の範疇から外れる。
逆に言うと、背景選択が正しかった場合には、
保護色だけで、十分に捕食者の目から逃れることができる。
ということは、隠蔽的擬態として有効になる場面は、
どちらにころんでも「ない!」という結論になるのだ。
もちろん、様々な完成度の隠蔽的擬態虫たちがいて、
どちらとも言いがたい背景も存在し、
さらに、色々な行動・習性の虫たちがいる。
それら全ての場面で、全ての虫たちについて、
隠蔽的擬態の場面を否定してしまうことは、
もちろん、できるわけがないのだが・・・
最後に、お気に入りの写真を1枚!!
ハイイロセダカモクメ幼虫(ヤガ科)
2010年10月8日 だんぶり池・青森
この写真は、どう考えても、隠蔽的擬態の好例だ。
真ん中に写っているハイイロセダカモクメ幼虫が、
万が一にも、背景選択を間違えることは、
この子たちの生活史や習性を見る限りないだろう。
ハイイロセダカモクメの雌成虫は、
餌植物であるヨモギの花穂が、
年1回だけ出現する時期(秋)に合わせて、
ヨモギの葉っぱに(多分)産卵するほど、
ヨモギという植物に依存しているのだ。
幼虫は、自分の体の模様と同じ花穂を食べるのだ。
だから、幼虫が食べてなくなった部分に幼虫がいると、
まだ花穂が残っているように見えるのだ。・・・多分?
そんな幼虫が、餌植物の花穂のある場所を、
離れることは基本的にないだろう。
でも、・・・・・この子、保護色???